結婚

数ヶ月前、あゆみが結婚した事を知ったのもタキからのLINEだった。

 

俺は22歳で結婚して、今年で10歳になる息子もいる。順風満帆とは言わないまでも、なんとかここまで生きてきて、それなりに人生を謳歌してきた。

けどやっぱり、俺にとってのあゆみの存在は、18から19歳の青春ど真ん中時代のコアに位置する部分なんだ。感謝してもしきれない。

あの時間があったから、今の俺がいるわけで。

34年の人生の中で一番“愛に生きた”期間だった。

 

そんな人の結婚NEWS、何も思わないはずがない。

フラれた側の心はそこで立ち止まったまま、動けないでいるんだ。

相手の幸せを願うなんて綺麗事だけでは片付けられなくて。自分じゃない誰かと幸せな時間を過ごす事にフツフツと怒りに似た憤りさえ覚える。なんて自分勝手な生き物だろうかとつくづく思う。あゆみにとっての今の俺は只の過去の1人だというのに何様かと。

過去は過去のままで、引き出しの奥にそっとしまっておけばいいのに。時々ふり返って、その想い出たちを優しく包み込めるような人間だったらどれ程満ちていたことだろう。

自分の現状に満足してたとしても、この想いは変わらないだろうな。過去をどう見るかは自分次第なのだから。

友達カップル

うらぴーとカオが付き合いだした事を知った時、身体の上から下に走る電気のような感覚を今でも覚えている。

 

“おめでとう”だったり、”裏では事が進んでたんだなニヤニヤ”だったり、”これは...俺も自分の恋愛を進める原動力にも...?”だったり、色々な感情が一気に流れ込んできた。

 

2人はいわゆる友達カップル。ベタベタするでもなく、人前では仲のいい友達同士を演じていた。でも今思えば、高校生の恋愛は色々な感情が全速力で突っ走ってしまうもの。学校の休み時間に、うらぴーの口から各地のラブホ情報が飛び出した時は少し戸惑った。

ジョリパ

シティプーからちょっとした丘の上に建てられた施設で、そこに伸びる長い階段を下るとジョリーパスタがあった。

バイトをしない高校生でも少し背伸びすれば週一程で通える金額設定のファミレスだ。

 

N街フレンズの中でも一番仲良くなった男マーキーはチョイ悪ヤンキー。

ジョリパの常連はマーキー、うらぴー、ふじぴょん、あゆみ、タキ、カオ(後のうらぴーの彼女)だった。

もうここまで来ると、本当に勉強の事など忘れて、ただただ青春の日々を過ごしていた。

受験シーズン目前なんだと意識すると、ふと寂しい想いも頭をよぎったりもした。

来年の春になれば皆それぞれの道に進み、こうして集まることもなくなるんだろうな、と。

だけど10代の俺にとってはその瞬間が楽しければいい、そんな楽観的な性格でジョリパでの時間を楽しく過ごしていたんだ。

シアトル

Seattle’s Best Coffeeがシティプー施設内に出来たのは、僕達が図書館に入り浸るようになってわりとスグのことだった。

 

それ以来、僕達のダベリ場は勉強ブースから徐々にシアトルへ移っていった。

店内には小さなテーブルと座り心地の良過ぎるソファがいくつかあるだけで、勉強が捗る余地など皆無だった。

僕達は高校3年の放課後の大部分をここで過ごすこととなり、シティプーメンバー内で第一志望の大学に受かったのはおそらくゼロだっただろう。

別の大学に行けば今と違う人生が待っていたのも当然だが、それに変えても当時のあの時間は僕にとってかけがえのない大切な宝物となっている。

タキとの長電話

Aの事で悩む俺を見て楽しむかのように、タキはいつ何時でも俺の話す言葉一つ一つに親身に耳を傾けてくれた。

タキとの長電話は長い場合、翌朝まで続いた。

カーテンの隙間から覗く太陽に気付いてようやく眠りにつく。そんな日々が続いた夏休み。

片思いマジックと呼ばれるこの現象に俺は飲み込まれていた。

夏の間は学校が無い為に、シティプーへ行く手段に限りがあった。一番手っ取り早かったのは、母親に勉強する名目で送迎を頼むこと。

ただこれをする事で、恋心と共に小さな罪悪感もついてくるのだった。

タキから始まった

N町であゆみと一番仲の良かったタキが時々シティプに来るようになった。

タキはN町の景観にそぐわないギャルだった。

逆にそれが新鮮で、生物実験のクラスの時のような興味が湧いた。

見た目とは裏腹に、話してみるとやっぱりN町ガールだな、という印象を受けた。

個人的に、人をカテゴライズする行為は好きじゃないが、N町の子達は本当に皆気さくで話しやすく、人里離れた地でひっそりと暮らす妖精(誇張し過ぎかも知れないが)のような存在だった。

のちにタキは、俺とあゆみの関係を劇的に促進させるカンフル剤的存在となる。

 

その話はまた別の機会に。

シティプーメンバー

次第にそう呼ぶようになっていた。

T高からは俺含め5人、N町は10人程の常連メンバーに加え、時々図書館に立ち寄るような顔見知りもそれぞれ5人ずつ程いた。

他愛のない話をする時間の為に、どれだけ勉強時間を削っただろう。「今日の分はもう終わったから」そんな言い訳を作っては自分を無理矢理納得させてはN町ガールズとのお喋りを楽しんだ。

しばらく時が経つと、雑談場所は勉強ブースからカフェへと移っていった。

いよいよ勉強から皆離れていってしまった。

 

「後悔」に関して言えば、何とも言えない。

後にあゆみと過ごした、自分の人生に大きな変化をもたらしてくれた時間を思うと掛け替えのないものを得たんだと感じる。

と同時に、今こうして過去を振り返った時に別の人生を歩んでいたであろう自分を思うと、天秤には掛けられないモヤモヤした気持ちもある。

 

これを記すようになったキッカケをくれたその人は、会ったことも無ければ声を聞いたこともない人。けどその人のおかげで今こうして過去の気持ちを整理する事が出来ている。